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2011年12月26日 (月曜日)

アルビむかしばなし~西ヶ谷さん

西ヶ谷さんがアルビに在籍したのは2001年のたった1年です。
当時のアルビ、シーズンはじめはまだ市陸3000人時代ですよ。その年の5月からついにビッグスワンでの試合が始まったとはいえ、市陸と行ったり来たり。
反町さんの独特のキャラや生観戦の魅力に新潟県民がようやく目覚めたこともあり、急激に観客は増え始めました。秋以降成績が伸びて昇格争いをしたことも大きかったですね。いろんな面で、分岐点の年だったのねぇ。

その年のサプライズはなんといってもクロさん。元代表の超ビッグネームがアルビに加入なんてまぁ、ビックリ。事実、大卒はえぬきの某DFさんは「黒崎さんと一緒にサッカーするなんてウソみたい!」と素直な感想言ってましたから。
そう、2001年は“憧れのJ1”チームから都会の香りを漂わせて(当時はほんとにそう思っていたのだ、笑っちゃダメダメ)、ジェフから西ヶ谷さん、グランパスから氏原くん、エスパルスから前田さん、マリノスから大西くんが加入し、私たちサポはアルビが劇的に変わる予感にむんむんクラクラしてたのです。
特にね、大雪に見舞われたチーム始動日に黒いポルシェで現れた西ヶ谷さんのイケメンオーラには、みな、後ずさったものです。
 
そう、今でこそクラハがあり、選手とサポはしっかりと区切られてますからファンサが苦手な選手は容易に回避することができますが、当時は公共施設での練習。選手もサポも同じ場所に車を停め、同じ道を通るのです。ファンサは不可避的にいつでもどこでも求められてしまいます。そんな中で、西ヶ谷さんが発する「話しかけないでオーラ」は強かったなぁ。圧倒されたわ。
当時、サポ有志で「せっかくスワンも出来たし、大きなフラッグ(今バックスタンドで拡げてるビッグフラッグのことです)を作って選手入場時にスタンドで拡げよう。そのための募金をしよう」という活動が起こりました。後援会にも協力してもらい、選手たちから何か私物を提供してもらいオークションをして売り上げも募金に加えようということになったんだけど、それを選手に伝えてお願いするのはBF作成委員会の私たちサポの仕事だったのね。たいていの選手には気軽に声をかけさせてもらったけど、西ヶ谷さんには「誰が行く?」「アンタ行ってよ」「俺、こわい~」という按配でしたw
いや、こんなふうに書くと西ヶ谷さんが気むずかしくて人当たりの悪い選手のように思われちゃいますね-。ん~と、それまでなんとなく部活っぽい匂いのしてたアルビにあって、プロ選手として真摯に自分を律している人の峻厳さを感じさせる人だった。というかね。それが自然に私たちにも伝わってきてたのでした。だから、きちんとお願いにいくとまっすぐ目を見て丁寧に対応してくれる方でしたね。
 
111226_102501そんな、イケメンなのに内面はコワモテで眼光鋭い西ヶ谷さんでしたが、プライベートではクロさんノザと仲良しで、その3人で練習後に温泉によく行ったとか。180cm超の3人が揃って浴室に入ってきたら先客さんたち、さぞ怖かっただろうなぁ。当時の西ヶ谷さん、金髪にしてたんだよね~。
故障で別メニュー調整がけっこう長かった西ヶ谷さん、チームの練習をサポに混じって見ていたりしたんだけど(当然のようにサポは決して近寄りません)、見学に来ているクロさんのお子さんたちにまとわりつかれて「にちぃー」とかって金髪ひっぱられたりして嬉しそう。それ見て必死に笑いをこらえる練見サポであった…。
その頃、練習が終わると、クロさんが練見サポの子供たちをピッチに招き入れて突発的にミニミニサッカー講座なんかをやったことがあったけど、そこでの西ヶ谷さんは見ているこっちがニヤつくくらい優しい顔つきで、子供扱いが驚くほど上手でしたね。
 
結局、1年だけで西ヶ谷さんはアルビを去ることになり、その年のチームとして最後の試合@市陸(多分天皇杯の2回戦)には故障で出なかったと記憶してるけど、試合後にゴール裏にやって来て、サポ1人1人と握手をしてくれました。私も半泣きで「どこに行っても応援してますから、頑張ってくれます?」とか言って、西ヶ谷さんに「大丈夫、大丈夫ですよっ」と逆にさとされる始末w  なんか、のどかでしたねー。

J2時代を知らない人も多くなってきましたので、こんなヒマネタでも参考にしてくだされば幸いです。

いちゃポーンとさけた(←これ知らない人は新潟のおじいおばあに訊いてみよう)

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コメント

昔話をありがとうございます。ソリさん時代を知らない私には嬉しいです。

私の母は「えちゃポーンさげた」って言ってました。母以外で使ってるヒト初めて見たので、かなり嬉しかったですm(__)m

投稿: hak | 2011年12月26日 (月曜日) 20時57分

西ヶ谷選手。18番でしたっけ。
なつかしいなあ。
左サイドバックをけっこうやっていたような気がします。一対一はけっこう強かったけれど、思ったよりもヘディングが弱かったような。
ああ、ほとんど覚えていません。

投稿: reo | 2011年12月26日 (月曜日) 21時14分

貴重なお話、ありがとうございました!

県央地域のウチの方では「いっちゃポーン下げた」と言っていたようです(もう死語ですがw)

投稿: ゆ~みん | 2011年12月26日 (月曜日) 23時03分

>hakさん
 
反町さん時代は練見にしょっちゅう行ってたのでネタは豊富なんですよ(^_^;)
 
 
>ゆ~みんさん
 
シャワー設備もないグラウンドで練習することもあった2001年。西ヶ谷さんも今のクラハにはビックリするでしょうね。
 
 
「いちゃポーンとさけた」は三条のおばあちゃんから聞いたのですが、やっぱりそこら辺の言い回しなんですね!

投稿: アイアン | 2011年12月27日 (火曜日) 09時06分

>reoくん
 
西ヶ谷さんってもともとはボランチだったんですよね?
 
サイドバック…。何かあの頃のアルビのサイドバックってお仕事内容が今と全然違う気がしますね(^_^;)

投稿: アイアン | 2011年12月27日 (火曜日) 09時12分

こんにちは!
やはりアイアンさんのおばあさまも三条でしたか!
私は久しぶりだったので懐かしくなりましよ・・・
また、たまにはむかしばなしをしてくださいね、楽しみに待ってます

亀レスでごめんなさい

投稿: ゆ~みん | 2011年12月30日 (金曜日) 13時10分

おお、何とも懐かしい話。

西ケ谷、氏原。寺川と慎吾の両翼。

11.3 ノザ、スワンの涙。

今思い出すと輝いてますね。
あのシーズンがあればこそ、今の自分があるような気がします。
アイアンさんにお誘い頂いたのもこのときでしたね。

年明け、予定通り帰宅しまーす。

投稿: 大KUMA | 2011年12月30日 (金曜日) 16時33分

>ゆ~みんさん
 
私自身も三条には通算で5年暮らしたので、ゴートクのブンデスリーガ行きは鼻高々です(笑)
また昔話しまーす。
 
 
>大KUMAさん
 
大掃除で昔のアルビのビデオテープをキレイさっぱり捨ててしまったんですが、後悔しません、みんなまざまざと記憶に残ってますもんね。
新潟での正月休み、満喫してくだされ。

投稿: アイアン | 2011年12月30日 (金曜日) 23時01分

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